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新潟地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決

原告 古田忠作

被告 羽茂村村長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が新潟県佐渡郡羽茂村吏員(書記)であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

原告は昭和二十五年三月三十一日右羽茂村吏員(書記)に任ぜられたものであるが、同年十月三十一日附をもつて「退職」したものとされた。しかし原告はその申出をしたことも処分の意思表示を受けたこともない。右処分があつたとしても、それはなんらの理由がなくなされたもので、現行地方公務員法におけるような分限に関する明確な規定はなかつたが、地方自治法附則第九条、同法施行規程第三十八条、従前の市町村職員服務規律(明治四四年内務省令第一六号)から見て当時においても当然同様な任免基準が存したものというべきであるから、これに反する右処分は無効である。しかも、労働基準法は市町村吏員についても適用されるが、原告は右処分当時湿性肋膜炎に罹かりその療養のため休業していたものであり、又右処分前法定の予告もなかつたものであるから、同法第十九条、第二十条に違反し、この点においても無効の瑕疵を帯びるものである。よつて原告が現に羽茂村の吏員(書記)たる身分を有することの確認を求める。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

原告が昭和二十五年三月三十一日羽茂村吏員(書記)に任ぜられ、同年十月三十一日附をもつて「退職」扱いにされたものであることは認める。右については、同年九月二十五日当時の羽茂村長海老名五一郎より原告に対し同年十月三十一日附にてその職を免ずる旨の予告を兼ねた処分の意思表示がなされたものである。又当時は現行地方公務員法におけるような職員の任免基準は存しなかつた。しかも原告は病弱で役場事務に堪えられないため右処分を受けたものである。なお、原告は当時その主張のような疾病に罹つてはいたが、それは業務上のものではないし又前記のように予告附でなされたものであるから、労働基準法第十九条第二十条の違反もない。原告の主張はいずれも理由がない。

(立証省略)

理由

原告が昭和二十五年三月三十一日新潟県佐渡郡羽茂村吏員(書記)に任ぜられ、同年十月三十一日附をもつて「退職」扱にされたものであることは当事者間に争がなく、証人海老名五一郎、同海老名五右衛門、同藤井信太郎(第一、二回)の各証言及び被告本人尋問の結果に徴すると、右は同年九月二十五日頃当時の羽茂村長海老名五一郎より原告に対し口頭をもつて同年十月三十一日附にてその職を免ずる旨の申渡がなされ、これが予告をかねた免職処分の結果、解職されたものであることが認められ、証人本間作次、同甲斐喜太郎の各証言及び原告本人尋問の結果等原告の提出援用する全立証によつても右認定を覆えし、右処分の意思表示がなされなかつたという原告主張事実を肯認することはできない。

次に右処分の理由の点について考えるに、およそかような任命権者たる行政庁の処分を制限する事項は法律又はこれにかわる条例等に規定されるべきものであり、かような明文の規定がない場合においては、処分は一応当該行政庁の裁量に委ねられているものと解する外ないものであるが、本件処分当時その任免基準については法令上はもとより条例の上にもなんらの定がなかつたことは当事者間に争がないから、右処分はただ一般に容認される裁量の限界を著しく逸脱した違法があるかどうかという点に限局して考えなければならないが、当時の羽茂村長は原告が病弱で役場事務に充分堪えられないものと認めて右処分をなしたものであることが、証人海老名五一郎、同海老名五右衛門、同藤井信太郎(第一、二回)及び被告本人の各供述に徴し認められ、右村長の認定が事実を誤まり又その処置があながち不当であつたという確たる証左も見当らない本件では、右処分が著しく裁量の限界を超え違法無効のものともなし得ないことは明らかである。

次に労働基準法違反の有無の点について考えるに、同法が市町村吏員についても適用されることは同法第百十二条により明らかであり、当時原告がその主張のような疾病により休業中であつたことは当事者間に争がないが、その疾病が業務上のものであることは原告本人の供述その他原告提出援用の証拠によつてもこれを肯認し難いところであり又予告期間の点についても前記認定のようにあらかじめ予告附で処分がなされたものであるから、いずれの点においても労働基準法の違反は認め難い。しからば、右処分が無効であるとする原告の主張はいずれも理由がなく、右処分の無効を前提として原告が羽茂村吏員(書記)であることの確認を求める原告の請求は理由がない。よつて右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決するものである。

(裁判官 三和田大士)

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